死んだイノシシ
一
夜明けの神輿の宮出しを見たあと、千鶴たちが法生寺に戻って来ると、安子が朝飯を用意してくれていた。箱膳に並べられているのは粥と味噌汁、漬物とかぼちゃの煮物、それに温かい湯豆腐だ。
千鶴の家では朝飯といえば、麦飯と味噌汁と漬物だけだ。おかずにかぼちゃの煮物と湯豆腐が添えられているのは、驚くほど豪華な朝飯である。お寺なので普段は質素な食事のはずだが、この日は千鶴たちのためにご馳走を出してくれたのだろう。
朝飯の事情は春子も似たようなものらしく、用意された箱膳を見るなり、おごっそうじゃ!――と大きな声を上げた。
この季節、昼間はまだ温かいが、夜明け前は結構冷える。温かい食事は本当に有り難いし、それを用意してくれた者の温かさも有り難い。
千鶴たちが箱膳の前に座ると、知念和尚と安子はにこにこしながら、祭りはどうだったかと訊ねた。二人とも先に食事を済ませており、食べるのは千鶴と春子だけだ。
「やっぱし地元の祭りはええぞな。女子師範学校に入ってから、ずっと見られんかったけん、今日はまっこと感動したぞなもし」
春子は興奮しながら喋ると、その勢いのまま味噌汁を飲もうとした。しかし味噌汁が熱かったので、慌てて椀から口を離した。
春子の様子に笑った和尚と安子は、今度は千鶴に感想を訊いた。
「昨夕のだんじりもよかったですけんど、今朝のはさらに賑やかで楽しかったぞなもし」
千鶴は喋っている間、できるだけ笑顔を繕ったつもりでいた。それでも、やはり表情が硬いのは否めない。地獄の夢や、がんごめに取り憑かれたのかもしれないという不安、そこに加えてほとんど眠れなかったことが、千鶴から元気を奪っていた。
確かに今朝の宮出しでは、昨夜より多くの屋台が見られた。その光景が素晴らしかったのは事実だ。だけど、千鶴には感動している余裕はなかった。頭の中は、自分はどうなるのだろうかという怯えでいっぱいだった
千鶴の気持ちに気づいていないのか、知念和尚は千鶴の感想にうなずいて言った。
「昔は、わしらも宮出しを見に行きよった。ほんでも、やっぱし寺の仕事があるけんな。ほれで、見に行くんはやめたんよ」
「ほの頃の仕事いうたら、寝ることじゃろがね」
安子に笑われると、和尚も恥ずかしそうに笑った。千鶴たちも一緒に笑ったが、千鶴の笑いは形だけのものだった。
「松山のお祭りにはおらんけん、大魔は珍しかろ?」
口の中のかぼちゃをもごもごさせながら、春子が得意げに言った。大魔とは露払い役として神輿の先を歩く二匹の鬼のことだ。
ぎこちなくうなずいた千鶴に、春子は笑いながら言った。
「山﨑さん。大魔出て来たら顔引きつらせよったね。あれ、そがぁに怖かった?」
「ほやかて、初めて見たけん」
千鶴が小さな声で言葉を濁すと、春子は楽しげに粥を口の中に流し込んだ。
初めて大魔を見た時、千鶴はぎょっとした。まるで自分の正体を突きつけられているみたいで、その場から逃げだしたくなった。しかしそうもいかないので、必死に恐ろしさを堪えていたのだ。
粥を食べ終わった春子は、大魔の役目は誰でもできるわけではないと言った。この役目は特別な地域の者だけに与えられた栄誉なのだそうだ。
春子の話によれば、その昔、風寄がひどい大水に襲われたことがあり、その時に神社のご神体が海に流されたのだという。
夢のお告げでご神体が沈んだ場所を知った村人は、舟で海に出たもののご神体の引き揚げ作業は難航した。ところが、そこへ釣りに出ていた山の若者二人が力を貸すと、見事ご神体は引き揚げられた。大いに喜ばれた神は若者たちに神輿の露払い役を与え、それが大魔の始まりとなったということだ。
大魔が鬼の姿をしているのは、大いなる力の化身の意味だ。姿は恐ろしくても、神に従う鬼ほど心強いものはない。
「ほやけんな、大魔は地獄の鬼とは違うんよ」
春子は得意げに言った。その言葉は千鶴の胸にぐさりと刺さった。地獄の鬼は神とは真逆の存在であり、がんごめも同じだ。
ますます追い詰められた気分になった千鶴は、箸と茶碗を持ったまま目を伏せた。
「千鶴ちゃん、何や元気ないみたいなけんど、また何ぞ嫌なことがあったんやないん?」
火鉢で沸かしたお湯でお茶を淹れていた安子が、心配そうに言った。
千鶴は慌てて顔を上げると、首を横に振った。
「別に何もないですけん」
「何か怪しいねぇ。ほら、正直に言うとうみ。何でも一人で抱え込むんはようないけん」
安子には見透かされていたようだ。千鶴が下を向くと、やっぱしほうなんかと知念和尚も言った。
「何や元気ないなとは思いよったんやが、やっぱし何ぞあったんやな。安子の言うとおり、一人で悩みよっても仕方ないぞな。わしらでよかったら話聞いてあげるけん、言うとみんさいや」
春子が食べるのも忘れて顔を曇らせている。千鶴は覚悟を決めた。
「あの、もし知っておいでたら、教えてほしいんですけんど」
「知っとることなら、何でも話してあげよわい」
知念和尚は身構えたように腕を組んだ。
「がんごめて……何のことでしょうか」
がんごめが鬼でなければ安心だ。千鶴の問いかけに春子は驚いた顔を見せ、しょんぼりと下を向いた。
「がんごめ? その言葉がどがいしたんぞな?」
和尚は初めて聞いた言葉だという顔を見せた。一方、安子は少し不安げに見える。
「村上さんのお家で子供らがうちを見て、がんごめじゃて言うたんぞなもし。でも意味がわからんけん、村上さんに訊いたんですけんど、村上さんも知らんみたいなけん」
ふむと和尚はうなずきながら、横目でちらりと春子を見た。春子は目を伏せたままだ。
「子供がふざけて言うたことじゃろけん、そがいに気にせいでもええんやない?」
安子が慰めるように言った。千鶴は首を振ると、ほやない思うんですと言った。
「がんごめやなんて、子供が勝手に考えた言葉とは思えんぞなもし。子供は誰ぞの真似するもんですけん、きっと大人が使た言葉や思うんです」
「ほらまぁ、ほうかもしらんけんど……」
言葉を引っ込めた安子と、黙っている和尚を見比べて、千鶴は自分の考えを述べた。
「鬼のこと『がんご』いいますし、醜女の『め』は『女』て書きますけん、『がんごめ』いうんは……」
「鬼女やて思いんさったんか?」
安子の言葉に千鶴はこくりとうなずいた。春子はますます項垂れて泣きそうな顔になっている。
「うち、思たんです。うちが村上さんの家飛び出したんは、村上さんのひぃおばあちゃんに、がんごめて言われたんやないかて。ほうやとしたら、他の人にもうちが鬼の娘に見えるんやないかて……」
「そげなことない!」
春子が涙ぐんだ顔を上げて叫んだ。
「山﨑さん、絶対そげなことないけん! ヨネばあやん、惚けてしもとるんよ。他の者は誰っちゃそがぁなこと思とらんけん!」
やはり思ったとおり、春子の曾祖母は千鶴をがんごめ、すなわち鬼の娘と見たようだ。春子の否定の言葉は、却って千鶴を落ち込ませた。
知念和尚は微笑みながら千鶴に優しく言った。
「春ちゃんの言うとおりぞな。千鶴ちゃんみたいな別嬪さん、誰が鬼娘やなんて言うんぞ。そげな者、どこっちゃおるまい」
安子も笑顔を見せて明るく言った。
「な、わかったじゃろ? ほやけんな、もう、そげなことは気にせんの。そもそも千鶴ちゃんにはお不動さまがついておいでるんじゃけんね」
代わる代わる慰められ、千鶴はわかりましたと言った。
「もう言いません。けんど、もう一つぎり知りたいことがあるんぞなもし」
「何ぞな。何でも言うとうみ」
知念和尚が応じたが、千鶴は春子に訊ねた。
「村上さん。ひぃおばあちゃん、なしてうち見て、鬼娘言うたんかわかる?」
「な、なしてて……」
「みんながうちのことを鬼娘じゃて思わんのなら、なしてひぃおばあちゃんぎり、うちを鬼娘言うたんじゃろか? ひぃおばあちゃんにはうちの頭に角が見えたろうか?」
「ヨネばあやん、惚けとるぎりじゃけん。そげなこと、そがぁに真面目に考えんでもええやんか」
春子は答えたくなさそうだった。ということは、春子は理由を知っているのだろう。
「和尚さんたちはわかりますか?」
千鶴は知念和尚と安子に顔を向けた。
安子が当惑顔で和尚を見ると、和尚は春子に声をかけた。
「春ちゃん、もう千鶴ちゃんに話してやっても構んかろ? 千鶴ちゃんは頭のええ子ぞな。隠したかて疑いはますます膨らもう。ほんで、いずれは春ちゃんに不信感を持つようになろ。ほんでも春ちゃんはええんか?」
春子が首を横に振ると、ほうじゃろ?――と和尚は言った。
「ほんなら、わしから千鶴ちゃんに話そわい。ええな?」
春子がうなずくと知念和尚は千鶴に向き直り、今から二月ほど前の話ぞなと言った。
「台風が来よった時があったろ? あん時にな、そこの浜辺にあったこんまい祠がめげてしもたんよ。ほれからなんじゃな、おヨネさんが妙なこと言いだしたんは」
二
法生寺の近くの浜辺には、村人たちに忘れ去られた小さな祠があった。その祠はヨネが一人で世話をしていたのだという。けれどヨネは足腰が弱ってきたので、数年前からはイネやマツが祠の世話役になった。しかし、そこにどんな神さまが祀られているのかを、ヨネは誰にも教えていなかった。
今年の八月、この時期には珍しい台風が愛媛を襲ったが、この時に風寄は激しい風雨に曝された。その翌日、イネが祠を見に行くと、祠はばらばらに壊れていた。長年の風雨でかなり傷んでいたので、壊れてもおかしくはなかったらしい。周囲の木々も折れていたので、傷んだ祠が壊れるのは当然でもあった。
ところが、その話を耳にしたヨネは狂ったように騒ぎ始めた。鬼が来て村が滅びると言うのだ。何の話かと家族が問い詰めると、ようやくヨネはあの祠は鬼から村を護る鬼よけの祠だと話した。ヨネが言うには、鬼を見たというヨネの父親が造った祠らしい。
「鬼を見た? ほんまにそのお人は鬼を見んさったんですか?」
動揺を隠せない千鶴に、知念和尚は事実かどうかはわからないとしながら、そこの浜辺で大勢の侍と鬼が戦っていたらしいと言った。
「お侍と?」
「理由はわからんが、鬼が次々に侍を殺しよったそうな。沖には見たこともない真っ黒なでっかい船が浮かんどってな、鬼はその船に向かって海に入って行ったんじゃと」
ヨネの父親は急いで他の村人を呼びに行った。しかし浜辺に戻った時には鬼の姿はなく、黒い船が沖の方へ去って行くのが見えたという。それで鬼が二度と村に戻って来ないように、浜辺に鬼よけの祠を造ったのだそうだ。
祠ができた時、これは鬼よけの祠ではあるけれど、人前では絶対に鬼の話はするなと、ヨネは父親からきつく命じられた。鬼のことを口にすればひどい目に遭わされるというのだが、それをヨネは祠の秘密が知れると鬼に狙われるのだと解釈した。それがヨネがこれまで誰にも祠のことを話さなかった理由だった。
これはかなり具体的な話だ。それにわざわざ鬼よけの祠まで造ったのだから、ヨネの父親が法螺を吹いたわけではなさそうだ。
不安が募る千鶴に知念和尚は言った。
「こげな話をしても、おヨネさんが鬼を見たわけやないけん誰も信じまい? ほしたらな、自分は子供の頃に何べんも鬼娘を見たて、おヨネさんは言うたんよ」
ヨネによれば、鬼娘はこの法生寺に棲んでいたらしいと和尚は言った。ヨネの家は法生寺の近くだったので、鬼娘を見る機会はあったようだ。ヨネが見た鬼娘は雪のように白い娘の姿をしていて、見つめられると動けなくなったという。
鬼ばかりか鬼娘も実在したという話に、千鶴はますます動揺した。しかも鬼娘はこの寺にいたというのである。それだけで信憑性は高く感じられる。
「ほんまにこのお寺に鬼娘がおったんですか?」
千鶴がうろたえを隠して訊ねると、知念和尚は困惑気味に答えた。
「村長からもそげなこと訊かれたんやがな。わしらは途中からこの寺に来たけん、そげな昔の話は何も知らんのよ」
続いて安子が説明した。
「昔、この寺で火事があってな。本堂は無事じゃったけんど、庫裏が焼けてしもて、ほん時に書き物が全部焼けてしもたんよ。ここのご住職もほん時に亡くなってしもたけん、昔のことはようわからんのよ」
それは明治が始まるより前に起こった事件で、当時の風寄の代官とその息子までもが亡くなったらしい。残された代官の妻は髪を下ろして尼となり、庫裏の焼け跡に小さな庵を建てて、夫と息子、そして亡くなった住職を弔い続けたそうだ。
ヨネの父親が鬼を見たというのもこの頃の話で、いったいここで何があったのかと、千鶴は恐怖を抑えながら和尚たちの話に聞き入った。春子も隣で真剣に聞いている。
尼が亡くなると、法生寺は遠く離れた別の寺の住職が、掛け持ちで管理をすることになった。知念和尚がこの寺へ来たのは、掛け持ちの住職二人を経たあと、明治の半ば過ぎになってようやく庫裏が再建されてからだった。
先の住職は二人ともこの土地の者ではなく、普段はほとんどこちらにいなかった。そのため庫裏が焼ける前のことは、まったくといっていいほど何も知らず、鬼や鬼娘の話が住職たちの口から出ることはなかったそうだ。
ただ、その住職たちが伝え聞いた話によれば、庫裏が焼ける少し前に、この寺に不埒な侍たちが集まって狼藉を企てていたらしい。代官はその侍たちに殺され、当時の住職も命を落としたのだという。その時の争いで庫裏は焼け、寺へ押し寄せた村人も多くが命を失った。また、同じ時に北城町辺りにあった代官屋敷も焼けたということだ。
法生寺の庫裏と代官屋敷が燃えたことは、村長の修造も知っていた。その事件に悪い侍たちが関わっていたことも、修造はわかっていた。
一方、ヨネも燃える庫裏と代官屋敷を自分の目で見ていた。その上で鬼や鬼娘の話をするので、修造はとても困惑したようだ。だが、鬼と侍たちが戦っていたということを考えれば、その侍たちというのはこの不埒者たちだったのではないかと思えてしまう。
「そがぁなわけでな。侍の話はともかく、鬼や鬼娘の話がほんまかどうかはわからんのよ。おヨネさんほど長生きしておいでる者は、この村にはおらんけんな。今となっては確かめようがないんぞな」
知念和尚が申し訳なさそうに言った。だが、これだけの事件があって、そこに鬼が関わっていたならば、何らかの話が残っていてもよさそうだ。
それについて和尚は、ほうなんやがなと言った。
「村長ですら知らんのじゃけん、期待はできまい。ほれでこの話はな、村上家とわしらぎりの話いうことになったんよ。おヨネさんが妙なこと言いだしたて、噂が広まったら村長も困るけんな」
千鶴は春子に改めて訊ねた。
「村上さんはひぃおばあちゃんの話、知っとったんじゃね?」
春子は小さくうなずき、千鶴の言葉を認めた。
「こないだのお盆に戻んて来た時、そげなことがあったて聞いたんよ。ほやけど、まさかヨネばあやんが山﨑さん見て、鬼娘言うとは思わなんだんよ」
「ほれは、ほうじゃな。そげなこと誰も思うまい」
知念和尚が春子を慰めるように言った。けれど、鬼娘を知るヨネが千鶴を見て鬼娘だと言ったのだ。和尚ははっきり言わないが、それは千鶴が鬼娘に似ていたということだ。
夕刻は家の中は薄暗いから、肌の色はよくわからないはずだ。であれば、ヨネは千鶴の顔立ちを鬼娘と見間違えたのだろう。千鶴は気持ちが沈んだ。
それでも寺に鬼娘がいたというのは、少々違和感がある。千鶴は少しでも鬼や鬼娘がいたという話の矛盾を見つけたかった。
「ほれで、鬼娘はここで何をしよったんですか?」
千鶴の問いかけに春子は黙ったままだ。代わりに知念和尚がまた口を開いた。
「おヨネさんが言うにはな、村に禍呼んで、村の者の命を奪たんじゃと」
「禍?」
「たとえば、大雨降らして大水を引き起こしたり、悪い病を流行らせたりするんよ。ほんで亡くなった人の墓をな、あとで掘り返して屍肉を喰ろうたそうな。特に子供の屍肉を好んだんじゃと」
千鶴はぞくっとした。頭には、あの恐ろしい地獄の光景が浮かんでいる。
三
――子供を返せ! お前が喰ろうた、おらの子供を返せ!
屍の女が焦点の合わない目でにらんでいる。
子供の屍肉を喰ったような気がして、千鶴は手で口を押さえた。腹の中の物が込み上げて来そうだ。必死で堪えていると、春子が心配そうに大丈夫かと声をかけた。
「人が飯食うとる時に、そげなこと言うたらいけんでしょうが」
安子が知念和尚を叱りつけると、和尚は頭を掻いて千鶴に詫びた。
「悪かったぞな。もう、この話はおしまいにしよわい」
いえと千鶴は口を押さえながら言ったが、胃がなかなか落ち着いてくれない。しばらく息を大きく吸ったり吐いたりして気持ちを鎮め、それからお茶を一口飲むと、もう大丈夫ですと千鶴は言った。本当はまだ少し気分が悪いが、話を続けねばならない。
「今の話ですけんど……、鬼娘がそげな悪さするんがわかっとるんなら、なして村の人らは黙っとったんですか? ほれに、ここにおいでたご住職も、なして鬼娘がお寺に棲むんを許しんさったんでしょうか?」
千鶴の問いかけに、今度は春子が答えた。
「鬼娘はな、人の心を操ることがでけたんじゃと。ほれで、ここのお坊さまやお代官を味方につけて、我が身を護ったんやて」
何だか話がややこしい。千鶴は話を確かめながら喋った。
「じゃったら、ここにおった悪いお侍は、ここで鬼娘と争うたんじゃろか? ほのお侍らがお代官やご住職を殺めたんなら、鬼娘の敵いうことになろ?」
確かにほうならいねぇと春子はうなずいた。
「普段はおらんのがいきなし来たんなら、鬼娘もたまげた思うで。ほれも相手は刀持ったお侍やけんな」
そう言ったあと、春子は少し考えて、ほうかと一人うなずいた。
「そげなことで鬼娘とお侍が争うことになって、そこの浜辺で鬼とお侍が戦うたんよ。ほれをおらのひぃひぃじいやんが見んさったんじゃな。うん、絶対にほうやで」
興奮気味に喋った春子は、千鶴を見ると慌てて自分の言葉を否定した。
「言うとくけんど、これはヨネばあやんの話がほんまのことと仮定しての憶測なで。ほじゃけん、山﨑さん、本気で聞いたらいけんよ」
うなずきはしたものの、春子の言うとおりかもしれないと千鶴は思った。
「結局、鬼娘はどがぁなったんぞなもし?」
千鶴が力なく訊ねると、ほんまのとこはわからんがと、知念和尚は前置きして言った。
「庫裏が焼けてからは、鬼娘はぱったり姿を消したそうな。ほじゃけん、鬼と一緒に黒い船に乗って海に逃げたんやないかと、おヨネさんの父親は思たみたいじゃな」
鬼と鬼娘の話に矛盾はない。話の辻褄は合っている。千鶴は暗い気持ちになった。
千鶴の顔色を見た安子が明るい声で言った。
「二人ともお箸が止まっとるよ。この話はおしまいにして早よ食べてしまわんと、すぐにお昼になってしまうぞな」
春子は急いで箸を動かし始めた。しかし、千鶴は箸を持つ手が震えてしまう。再び箸を止めた千鶴は、あと一つぎりと言った。少しでも鬼の話を否定する証が欲しかった。
「鬼がお侍と戦うた話がほんまなら、浜辺にその跡が残っとったんでしょうか? たとえば大けな足跡があったとか」
「足跡のことはわからんが、浜辺には侍連中の死骸が――」
知念和尚はそこで言葉を切ると、安子の顔を見た。安子は自分で考えなさいと言いたげな惚けた顔をしている。
「大丈夫ですけん。続けてつかぁさい」
千鶴が言うと、和尚はもう一度ちらりと安子を見てから続きを喋った。
「実際、浜辺に侍連中の死骸がごろごろあったらしいぞな」
「じゃあ、ほんまに鬼とお侍が?」
「ほれが前のご住職の話では、侍連中と戦うたんは代官の息子なんじゃと」
「お代官の息子? 鬼やのうて?」
うなずく和尚に、戦ったのは代官の息子だけなのかと春子が訊ねた。
ほうらしいと和尚が言うと、春子はヨネの言い分も忘れたかのように目を丸くした。
「こげな田舎におったにしては、相当な剣の腕前やったみたいぞな。浜辺の死骸は、どれも一刀のもとに斬り殺されとってな。そこに代官の息子の刀が落ちとったそうな。ほれで誰ぞが見たわけやないんやが、たぶん代官の息子がやったんじゃろいう話ぞな」
「そのお人にとっては憎き父の仇やけん、命を懸けて戦いんさったんじゃろねぇ」
安子がうなずきながら言った。
侍たちと戦ったのは鬼ではなかった。その話が真実なのかはわからないが、千鶴はそう信じたかった。
それにしても一人で大勢の侍を相手に戦うのは、勇ましいが切なくもある。千鶴は代官の息子を気の毒に思いながら、その姿を思い浮かべようとした。すると、何故かそれらしき場面がはっきりと見えた。というより、千鶴はそこにいた。
刀を抜いた一人の若い侍が、千鶴に背を向けて立っている。向こうを向いてはいるが、あの若侍だと千鶴は直感した。場所は浜辺で、千鶴は誰かと小舟に乗っていた。
刀を抜いて身構える若侍の姿は満身創痍に見えた。その向こうの松原から大勢の侍たちが刀を抜いて走って来る。千鶴は侍たちの狙いが若侍ではなく自分だと思った。若侍は千鶴を護るために、ただ一人侍たちの前に立ちはだかっていた。
「たった一人で戦うやなんて活動写真の主人公みたいぞな。そがぁながいなお人がおったやなんて信じられん」
興奮した春子の声で、千鶴は現実に引き戻された。今のはいったい何だったのか。ほんのわずかな合間のことではあったが、千鶴は本当に海辺にいた。そして、あの若侍は襲って来る侍たちから千鶴を護ろうとしていたのだ。
春子の言葉に、まったくぞなと知念和尚がうなずいた。
「恐らく父親の代官がかなりの腕前やったんじゃろなぁ。ほうでなかったら、こがぁな田舎で剣術の達人にはなれまい」
「けんど、おとっつぁんの方は悪いお侍らに殺されてしもたんでしょ?」
「たぶん不意を突かれたんやなかろか。屋敷を出たとこで殺されたそうなけん」
春子と和尚の会話は、動揺する千鶴の耳には聞こえていない。
今の白昼夢は妄想ではない。勝手に現れたのだ。本当にそこにいた感じは、若侍や鬼の夢と似ている。今とは別の自分がいて、その自分の世界を見せられたみたいだ。これはいったいどういうことだろう。
千鶴は和尚に怖々訊ねた。
「ほのお代官の息子さんのことは、何もわからんのですか?」
ほうなんよと和尚は言った。
「ずっと行方知れずでな。代官の息子がどがぁなったんかは誰にもわからなんだ。ほんでも、浜辺には刀の他にずたずたにされた血だらけの着物が残されとったそうなけん、最後には力尽きて海に流されてしもたんじゃろ」
千鶴は泣きそうになった。自分を護ろうとしてあの若侍が死んだと思えてならなかった。和尚の話と今の幻影が同じものである証拠はない。けれど、千鶴は若侍が代官の息子であるような気がしていた。
だがそうだとしたら、若侍が護っていた自分は、ヨネが見たという鬼娘だったのだろうか。前世の自分は鬼娘で、今のはその時の記憶だったのか。
思いもしなかった考えに千鶴はうろたえた。でも若侍と想い合っていた実感があまりにも強くて、その考えを否定できなかった。今のが前世の記憶であるならば、若侍や鬼の夢も実際にあったことに違いない。つまり、鬼はいたのだ。
千鶴の手が小さく震えた。これまで別の自分だと受け止めていたものは、蘇りつつある鬼娘の本性なのか。もしそうであるなら、いずれ自分は鬼娘になるのだろう。
四
「千鶴ちゃん、大丈夫?」
千鶴の暗い顔を、安子がのぞきこんだ。大丈夫ですと微笑んでみせたが、少しも大丈夫ではない。
千鶴を気にしているのか、春子が遠慮がちに言った。
「ほれにしたかて、お侍らと戦うたんが鬼にしてもお代官の息子にしても、もうちぃと見た者がおってもよさそうやのにね」
ほうなんやがなと知念和尚がうなずいて言った。
「代官屋敷が燃えたけん、みんなそっちの方に気ぃ取られよったんじゃろな。ほれに代官が殺されたんじゃけん、浜辺の様子見よる暇なんぞなかったんやなかろか」
目撃者がほとんどいないのは、知念和尚の推察どおりだろう。では浜辺で侍たちと戦ったのは鬼なのか、代官の息子なのか。きっとその両方だと千鶴は思った。
もしかしたら襲って来た侍たちは風寄に鬼がいるという噂を耳にして、鬼を退治しに来たのかもしれない。だから鬼娘の自分は狙われ、鬼に操られていた代官も和尚も殺されたのだ。あの若侍も千鶴を護ろうとして死に、そして鬼が現れた。そう考えれば全部の説明がつく。
気持ちが沈んだままの千鶴を見ながら、知念和尚は言った。
「代官は殺され、その息子も死んだと見なされたんじゃろな。ほれで代官の妻は髪を下ろして尼になり、ここで生涯、夫と息子を弔い続けたんよ」
「ここは元々お代官の家の菩提寺やったんかなもし?」
春子が訊ねると、ほうやないと知念和尚は言った。
「たぶん代官の菩提寺は松山にあろうが、代官の妻はこっちに墓を建てたんよ」
「なしてぞな?」
それは恐らく息子のためだろうと思うと和尚は言った。
「ここには代官の墓と代官の妻の墓はあるんやが、息子の墓はどこにもないんよ」
なしてないんぞな?――と千鶴は思わず声を上げた。千鶴にとっては、あの若侍の墓がないと言われたも同然だった。
知念和尚は、どうしてなのかはわからないと言った。代官の妻が暮らした庵は、この庫裏が新たに建てられる時に取り壊された。そこに記録が残っていたのかどうかは定かではないらしい。
「喧嘩両成敗ていうてな。相手がふっかけてきた争い事でも、斬り合いになってしもたら双方が咎めを食うんよ。ほれも、代官の息子が斬り殺したんは一人や二人やないけんな」
知念和尚が話すと、安子が補足して言った。
「ほんまかどうかは知らんけんど、死んだお侍の中には、外から来たお人もおったそうでな。ほれが立派なお家柄の所のお身内やったいう話もあるみたいなけん、ほれがいけんかったんかもしらんね」
「ほんなん無茶苦茶ぞな。あのお人はたった一人で、うちを――」
護ろうとしてくれたのにと言いそうになった千鶴は、慌てて口を噤んだ。
「あのお人?」
「うち?」
怪訝な顔の和尚たちに、千鶴はうろたえながら言い直した。
「すんません。あのお人やのうて、そのお人ぞなもし」
「うちを、ていうんは?」
安子が訊ねると、ほれはと千鶴は困惑した。
「あの……、お家を背負ってと言うつもりでした」
安子はうなずき、和尚もなるほどと言った。
「確かにほうよな。父親亡きあとは、息子がすべてを背負て戦うたわけよな。ほれじゃのにその息子の墓がないんは、まことに理不尽なことぞな」
「ほやけど、千鶴ちゃん。さっきのは自分が知っておいでるお人のこと、言うとるみたいじゃったね」
安子が笑うと、和尚も春子も笑った。鬼娘は自分の前世だと言えない千鶴は、下を向きながら恥じ入っていた。
「まぁ何にしてもそがぁな理由で、代官の息子にまともな墓を建てることは許されんかったんやと思わい。ほれで代官の妻は墓を建ててやれん息子のために、ここに残って夫と一緒に息子を弔うたんやなかろか」
和尚が話し終わると、ひょっとしてと春子が言った。
「そのお代官の息子も鬼娘に操られよったんかもしれんで」
すぐにはっとして千鶴を見た春子は、今のは嘘だと慌てて弁解をした。しかし、春子の言葉は千鶴には衝撃だった。
あの若侍を操って自分を命懸けで護らせたのだとすると、それは最悪だ。だけど自分とあの若侍は恋仲にあったのだ。その若侍をむざむざ死なせるはずがない。
千鶴は反論しそうになったが、できなかった。それでも胸の中は悶々としている。
動揺する千鶴を見て、この話はこれでおしまいにしましょわいと安子が言った。知念和尚もうなずくと千鶴を慰めた。
「とにかくな、事実は誰にもわからんのよ。いずれにしても祠がめげたあとも何ちゃ起こっとらんし、おヨネさんが千鶴ちゃん見て鬼娘て言うたんは、ただの勘違いぞな」
「ほじゃけんな、ヨネばあやんが言うたことは気にせんで」
春子が必死に頼むので、千鶴は黙ってうなずいた。頭の中は若侍のことを考えている。
もし鬼娘が前世の自分だとしたら、若侍はそのことを知った上で心を寄せてくれたし、命懸けで護ろうとしてくれたに違いない。
その愛しい人を鬼娘のくせに助けられなかったのかと、千鶴は鬼娘の恐怖も忘れて自分を責めた。一方で、若者を助けなかったのは春子が言ったように、若侍がただの操り人形だったからなのかとも思えてうろたえた。
五
「和尚さま」
境内に面した障子の向こうから、誰かの声が聞こえた。
知念和尚は腰を上げると、障子を開けた。
そこは縁側になっていて、外に白髪頭の男が立っていた。伝蔵という寺男だ。
伝蔵は法生寺に住み込みで働いているが、昨夜は祭りでずっと村の者たちと一緒に過ごしていた。そのため千鶴は伝蔵とは初対面だった。目が合った時に千鶴は会釈をしたが、伝蔵は千鶴を見てぎょっとした。しかし、千鶴が春子の女子師範学校の友だちだと知念和尚から説明を受けると、ぎこちなく頭を下げた。
「ほれで、どがいしたんぞな?」
用事を訊ねる知念和尚に伝蔵は言った。
「権八が和尚さまに話があると言うとるぞなもし」
権八は近くに住む百姓で、毎朝寺に野菜を届けてくれる信心深い男である。さっきまで他の者と一緒にだんじりを動かしていただろうに、手が空いた隙に野菜を持って来てくれたようだ。
知念和尚が権八を呼ぶように言うと、伝蔵は横を向いて手招きした。すると、小柄な男がひょこひょこと現れた。
「権八さん、お祭りじゃのに、お野菜届けてくんさったんじゃね。だんだんありがとうございます」
安子が和尚の傍へ行って丁寧に礼を述べた。知念和尚も感謝をしたが、権八は嬉しそうに、とんでもないと手を振った。
その時、部屋の中にいる千鶴に気がつくと、権八は驚いて固まった。それで知念和尚が再び千鶴のことを説明しようとすると、先に伝蔵が口を開いた。伝蔵は千鶴が春子の学校の友だちだと権八に教え、千鶴さんに対して失礼だと権八を叱った。
慌てて頭を深々と下げた権八は、頭を上げるとしげしげと千鶴を眺めた。
「こら、権八。ぼーっとしよらんで、和尚さまにお訊ねしたいことがあるんじゃろが」
伝蔵に言われてはっとなった権八は、ほうじゃったほうじゃったと和尚に顔を戻した。
「あんな、和尚さま。ちぃと教えていただきたいことがあるんぞなもし」
「ほぉ、どがいなことかな?」
「あんな、和尚さま。昨夜のことなけんど、辰輪村の入り口ら辺で、でっかいイノシシの死骸が見つかったんぞなもし」
春子の目がきらりと輝いた。春子はこんな話が大好きだ。
「昨夜? 昨夜いうたら、参道に屋台が集まりよった頃かな?」
知念和尚が訊ねると、権八はうなずいて言った。
「ほうですほうです。ほん頃ぞなもし」
「そげな頃に、でっかいイノシシの死骸が、辰輪村の入り口で見つかった言うんかな」
「ほうですほうです。辰輪村の連中は、道が通れんで往生した言うとりましたぞなもし」
権八の話を聞きながら、千鶴は小声で辰輪村とはどこのことかと春子に訊いた。
話に聞き入っていた春子は、山の方の村だと口早に説明した。
「道が通れんほど、でっかいイノシシなんか」
驚く和尚に、権八は両腕を目いっぱい広げて見せた。
「あんな、和尚さま。これよりもっとでかかったぞなもし」
安子も春子も驚いている。千鶴は権八の仕草を見て、狩りで仕留めたイノシシの自慢話をする祖父を思い出した。しかしそれ以外の何かが、記憶の中から這い出て来ようとしている。
「権八、お前、その目で見たんか?」
伝蔵が疑わしげに言った。権八は大きくうなずくと、確かに見たと言った。
「山陰の者が呼ばれるんを耳にしたけん、何があったんか訊いたらな、岩みたいなイノシシの死骸じゃ言うけん、見に行ったんよ」
「岩みたいて、こげな感じか?」
権八より体が大きい伝蔵が両腕を広げてみせたが、もっとよと権八は首を振った。
「真っ暗い中、行きよったら、道の上にでっかい何かがどーんとあったんよ。おら、大けな岩が転がっとんかと思いよったかい」
伝蔵は知念和尚を見た。権八の話が信じられないようだ。安子と春子も顔を見交わしている。だが千鶴は何かを思い出しそうな気がして、話に集中できずにいた。
知念和尚は驚きながらも落ち着きを見せて言った。
「そがぁにでっかいんかな。ほら、まっことがいなイノシシぞな。ほれは間違いのう山の主ぞ。ほんなんが祭りしよる所へ現れとったら大事じゃったな」
確かにと、みんながうなずき合ったあと、ほれにしてもと和尚は権八に言った。
「なしてそげな所でイノシシが死んどったんぞな? 誰ぞが鉄砲で撃ったんかな?」
「ほれがな、和尚さま。ほうやないんぞなもし」
「鉄砲やないんなら、病気かな?」
権八は首を大きく横に振った。
「あんな、和尚さま。鉄砲でも病気でもないんぞなもし」
「ほんなら何ぞな? なして死んだんぞ?」
「あんな、和尚さま。おら、ほれを和尚さまにお訊ねしたかったんぞなもし」
知念和尚は苦笑すると、権八さんやと言った。
「わしは、ほのイノシシをまだ見とらんのよ。今初めて権八さんから聞いたとこやのに、なしてわしがイノシシが死んだ理由を知っとると思うんかな?」
権八はまた首を横に振った。
「あんな、和尚さま。ほうやないんぞなもし。死んだ理由はわかっとるぞなもし」
「わかっとんなら、わしに訊くまでもないやないか」
「あんな、和尚さま。わかっとんやけんど、わからんのですわい」
「こら、権八。そげな言い方じゃったら、和尚さまがお困りになろうが」
伝蔵が叱りつけると、権八は小さくなった。
「まぁまぁ、伝蔵さん。そがぁに言わんの」
安子が面白そうに言った。
知念和尚は少し困った様子で、権八に言った。
「申し訳ないが、権八さんが何を言いたいんか、わしにはわからんぞな。権八さんがわかっとる、イノシシが死んだ理由を先に言うてくれんかな」
わかりましたぞなもしと、権八は横目で伝蔵を見ながら言った。
「そのイノシシの死骸はな、頭ぁぺしゃんと潰されとったんぞなもし」
「何やて? 頭を潰されとった?」
知念和尚の顔に一気に緊張が走った。安子の顔から笑みが消え、春子は口を開けたまま千鶴を見た。
「権八さん。ほれはまことの話かな?」
不安げな和尚に、権八は大きくうなずいた。
「おら、この目でちゃんと見たぞなもし。こんまいイノシシでも、あげに頭ぁ潰すんは並大抵のことやないぞなもし。ほやのに、あの岩みたいなでっかいイノシシの頭がな、ほんまにぺしゃんこに潰されとったんぞなもし」
「嘘じゃろ?」
疑う伝蔵に、権八は不満げな目を向けた。
「おら、嘘なんぞつかん。嘘じゃ思うんなら、辰輪村の者でも山陰の者でも訊いてみたらええ」
伝蔵が言い返せずに口籠もると、権八は和尚に言った。
「ほじゃけんな、和尚さま。イノシシが死んだんは頭ぁ潰されたけんじゃと、おらは思うんぞなもし」
「ほれは、わしもそがぁ思わい」
和尚がうなずくと、権八は続けて言った。
「ほんでな、和尚さま。おらが和尚さまにお訊ねしたいんは、何がイノシシの頭ぁ潰したんかいうことなんぞなもし」