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松山城 その8

千鶴がいなくなったと知った甚右衛門は、千鶴が城にいると思い、猟銃と提灯を手に城山へ登ります。
登って来たのは千鶴たちと同じ古町口登城道で、乾門いぬいもんを潜って本壇ほんだんの前まで来ました。

甚右衛門は一度は本壇南側へ向かいます。
しかし、警官たちが来るのが見えたので、こちらへ戻って本壇北側へ回ることにしました。

甚右衛門は北隅櫓きたすみやぐらの石垣を回り込んで、本壇北へ向かいます。
本当は本壇の中へ入りたかったのですが、警官を避けて城の様子を確かめるつもりでした。

月明かりに照らされた大天守が見えて来ました。
大天守の手前が内曲輪うちぐるわです。
石垣が前に突き出ている所は、内曲輪の内門うちもんから外曲輪そとぐるわ仕切門しきりもんへつながる所です。

甚右衛門がこの辺りまで来たところで、遠くの方から警官たちの騒ぐ声が聞こえて来ました。
でも何を言っているのかはわかりません。
雨が降り始め、焦った甚右衛門は先を急ぎます。

その時、上の本壇の塀を越えて、途轍とてつもなく大きな化け物が落ちて来ました。
それは鬼でした。
思いがけない展開に、甚右衛門は驚いて腰を抜かします。

飛び降りた鬼や千鶴の方も、甚右衛門に気がついて驚きます。
空は黒雲に覆われて、辺りは闇に包まれました。
時折、辺りを照らすのは、雷鳴を伴った稲光です。

千鶴が鬼の腕の中にいると知った甚右衛門は、気を取り直して鬼に銃口を向けます。
やめてと言う千鶴の叫びは、甚右衛門には聞こえません。

稲光に続いて、猟銃の発砲音。
辺りには激しい雨が降り注ぎます。

鬼は千鶴を抱いたまま、本丸の下へ飛び降ります。
鬼の右腰からは、真っ赤な血が流れ落ちています。

本丸北側の下です。
本丸周囲を回る道の他は、森になっています。

本丸から鬼が飛び降りた所です。
古町口登城道を登って来た時に、目の前に現れた乾櫓の石垣を、左へ進むとこの道に出ます。

目の前は森ですが、鬼は構わず森の中を駆け下ります。
死を悟った鬼の頭の中にあったのは、法生寺の和尚夫婦に千鶴を助けてもらうことだけでした。