千鶴がいなくなったと知った甚右衛門は、千鶴が城にいると思い、猟銃と提灯を手に城山へ登ります。
登って来たのは千鶴たちと同じ古町口登城道で、乾門を潜って本壇の前まで来ました。
甚右衛門は一度は本壇南側へ向かいます。
しかし、警官たちが来るのが見えたので、こちらへ戻って本壇北側へ回ることにしました。
甚右衛門は北隅櫓の石垣を回り込んで、本壇北へ向かいます。
本当は本壇の中へ入りたかったのですが、警官を避けて城の様子を確かめるつもりでした。
月明かりに照らされた大天守が見えて来ました。
大天守の手前が内曲輪です。
石垣が前に突き出ている所は、内曲輪の内門から外曲輪の仕切門へつながる所です。
甚右衛門がこの辺りまで来たところで、遠くの方から警官たちの騒ぐ声が聞こえて来ました。
でも何を言っているのかはわかりません。
雨が降り始め、焦った甚右衛門は先を急ぎます。
その時、上の本壇の塀を越えて、途轍もなく大きな化け物が落ちて来ました。
それは鬼でした。
思いがけない展開に、甚右衛門は驚いて腰を抜かします。
飛び降りた鬼や千鶴の方も、甚右衛門に気がついて驚きます。
空は黒雲に覆われて、辺りは闇に包まれました。
時折、辺りを照らすのは、雷鳴を伴った稲光です。
千鶴が鬼の腕の中にいると知った甚右衛門は、気を取り直して鬼に銃口を向けます。
やめてと言う千鶴の叫びは、甚右衛門には聞こえません。
稲光に続いて、猟銃の発砲音。
辺りには激しい雨が降り注ぎます。
鬼は千鶴を抱いたまま、本丸の下へ飛び降ります。
鬼の右腰からは、真っ赤な血が流れ落ちています。
本丸北側の下です。
本丸周囲を回る道の他は、森になっています。
本丸から鬼が飛び降りた所です。
古町口登城道を登って来た時に、目の前に現れた乾櫓の石垣を、左へ進むとこの道に出ます。
目の前は森ですが、鬼は構わず森の中を駆け下ります。
死を悟った鬼の頭の中にあったのは、法生寺の和尚夫婦に千鶴を助けてもらうことだけでした。